夏の朝に

私が彼に気づいたのは、朝の掃き掃除のときだった。
 
 
この時期らしく 朝から強い日差しが照りつけて、
 
体を動かすたびに、むっとした空気がまとわりついてくる。
 
それらを振り払う気力もなく 応接テーブルの下にモップを潜り込ませたとき、
 
飴のようなワックスの効いた床に、深い緑色の粒があるのに気がついた。
 
 
私の近眼では 立ったまま見ても何であるかを知ることはできず、
 
しゃがみこんでようやく形をつかめたそれは、小さな蛙だった。
 
私は彼の様子を少し観察していたが、少しも逃げようとする気配もない。
 
それどころか私が近づく気配に視線さえも動かさない。
 
まさかと思ってモップの先で撫でてみても全く反応がない。
 
彼はここで一生を終えていたのだ。
 
 
一般的な蛙の最期がどんなものであるか、私はわからない。
 
しかし、彼の場合、おそらくは昨夜この事務所の中に迷い込み、
 
朝がくる前に命が尽きたのであろう。
 
 
仲間もなく、敵もない。
 
 
しんとした静かな空間で彼が迎えた厳かな死は、
 
私によって世界に伝えられたのである。
 
 
私は死骸に手を伸ばした。
 
 
まだ湿り気の残る肌は柔らかく、数時間前まで命の器であったことを証明していた。
 
力士の蹲踞のごとく前をじっと見た姿勢のままで、彼は最期に何を思ったのだろうか。
 
私は答えの出ない思いとともに彼を外の草むらにそっと送り届けた。
 
 
翡翠のような肌に残った 最後の湿りを夏の朝は容赦なく奪っていく。
 
しかし彼の死は孤独ではない。
 
おそらく、明日までには黒い蟻の葬列が彼を弔いに来ることだろう。
 
 
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昨年のボツネタからひとつ出してみました。
 
ですから正しいタイトルは『(去年の)夏の朝に』でしたね。
 
 
光陰矢の如し。
 
 
ついこの間ブログ記事を書いたと思ったらはや2ヶ月。
 
昔の人はうまいことを言うものです。
 
 
小説っぽく書いておいて その後にオチをつける2014年11月の拙文
 
『ライラック』の手法をとろうとしたのですが、ひねりきれずボツに…
 
 
ちなみに、飴のような美しいツヤが出るようにワックスをかけたのは この私です!
 
年2回、長期休暇前に行われる事務所の大掃除は、
 
私のワックスがけで締めるのが恒例です。
 
 
私の担当する中で、最も評価される仕事です(笑)。
 
進藤 幹人
 
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